さっきブログ更新をしたばかりですが、もうひとつ今日のうちにかいておきたいことがあって、ブラウザを開きました。
去年の4/22は、私の大好きなだいちさん(陸域観測技術衛星だいち)にトラブルが起こった日…です。
以下は、今朝のツイートをまじえながらの思い出記録。
(※朝のツイートでは間違えて「去年の今日」って書いてしまっていました(><)まちがい〜)
一年前の4/21のみちびきさんのツイートはとても不思議なツイートでした。
あの日、みちびきさんがありえない程の低い高度で飛んでいるという公式ツイートをしたのです。フォロワーの宇宙クラスタさんたちも「あれ?みっちーどうしたの?」とびっくり。
結局、そのツイートは公式の記載間違いで、実際のみちびきさんはちゃんといつも通りの高度を飛んでいたそうなのですが。
次の日の朝、だいちさんにトラブルが起きて、通信ができなくなって。
「みちびきさんは、これを予測して、だいちさんの様子を見る為に低い高度まで降りていっていたのかな?」なんて、思ってしまいました…。(※1)
4/22の午後、私が目覚めたらすでにフォロワーの宇宙クラスタの皆はだいちさんの事故について知っていて、「ユキさんがこれを知ったらショックに違いない…」「ユキさん大丈夫かな?」ってとても心配してくれていました(みんな、どうもありがとう+*)
…私は、あまりのショックにめまいと涙で前が見えなくなってしまい…、そのあとは何が起こったのかあまり覚えていません…(多分、一日寝込んでいたんたと思う)
それからしばらくの間は、記憶がほとんどなくて。ただ、心配した周りのお友達が「だいちさんのお見舞いにいこう」って鳩山の地球観測センターに連れていってくれたりとか、だいちさん応援のイラストを集めてJAXAに送ろうって計画してくれたりして。それに引っ張ってもらっていた気がします。
冷静な宇宙クラスタさんの中には「もうだいちは駄目だろう」とツイートしている方も多くて、それがとても悲しかった。…日に日に諦めのツイートやニュース記事が多くなって、ネットを見るだけでも辛くてたまらないという時期もありました。
通信の復旧を祈りながら待つ日々は、心細くてとても苦しかったけれど…、それでも私がなんとか立っていられたのは、運用の現場にいる方が「私たちは何も諦めていません」と、強い言葉を下さったこと。
それが、私にとってとても大きかったのです。
一般の人々がどんなに諦めていても、現場では大勢の方が諦めずに復旧につとめていました。
筑波も大震災で被災をしているのにも関わらず、その傷跡の中で精一杯の復旧作業をされているのだと感じました。
だいち以外の衛星チームの方々も、だいちさんの復旧に協力を惜しまなかったと聞いています。
よく「筑波の衛星チームは相模原とちがってクールで事務的」だと評価していらっしゃる方がいますけれど、それは多分「熱い部分を見せていない」だけなのです。
筑波JAXAにも、衛星を愛している運用者さんや技術者さんがたくさんいます。たくさんの方とお知り合いになってお話を聞いていると、それをひしひしと感じます。
こだまチームの方はこだまの寿命を持たせる為に大事に大事にこだまちゃんを運用しているし、きずなのチームの方々はいまいち活躍知名度の低いきずなちゃんを心配して気遣っているし、有人宇宙のチームの方は燃えるような気持ちで日本からも有人飛行を実現しようとしています。
大きな組織ですから、中にはクールで事務的な方もいらっしゃるかもしれないけれど、私がお知り合いになった方々は、お優しくて熱い方ばかりなのです+*(出会いに感謝+*)
4/22のトラブルから約3週間。
だいちさんは結局通信を復旧することができず、5/12に運用終了が決められました。
それは、復旧を祈りながらも、半分「あり得るかもしれない」と思っていたこと。
ただ、私にとって幸運だったのは、『打つ手もなくあきらめたのではなく、一般人には想像できないような努力と戦いの末にピリオドを決めたことを知っている』ということです。
はやぶさの通信復旧と同じくらいのドラマが、そこにあったと思っています。
随分長文になってしまいました(><)
一年経った今、大事に胸に秘めていた思いを外に出そうと思って書き綴りました。
だいちさんははやぶさ兄さんと違って秘密が多いので、そのドラマが外に出ることはないかもしれないけれど、名前と功績だけでもずっと覚えられていたらいいな…と思います。
この先何十年も私たちのはるか頭上を飛び続けるだいちさん。
いつの日か、本物に会えたらいいのにな

(そうしたら、直してあげたい!)
※1:だいちさんは高度700キロ。みちびきさんは高度30000キロの上空を飛んでいます。